Wheel of Fortuneー古代都市と神罰者たちープロローグ
【プロローグ】
遥か太古の昔、今から2000年前
この大陸には神々の加護を受けたダーマデウス帝国があった。
歴代の帝王たちは神を崇拝し善政を続け、人々も神々を敬い、神々もまた人々を愛した。
神々の恩恵を受け、帝国は文学、天文学、建築学、魔術、医学、錬金術等すべてにおいて高度な文明を作り上げ、その進化はとどまることを知らなかった。
何世代も続いたダーマデウス帝国であったが、邪教徒たちの侵略により混沌の時代を迎えることとなった。教祖イラブは教徒達を率いて帝国を襲い帝王を殺害した。そして自ら帝王に君臨し、権力を駆使して世界の制圧を試みた。反乱する帝国民を処刑し、侵略や戦争を巻き起こし、後に血の暴君と呼ばれるようになった。
さらに神をも凌ぐ存在になるため、黒魔術により自ら魔神へ転生した。空は赤く染まり、大地は荒廃が進み、人々は世界の終焉だと怯えた。
かくして禁忌を犯したイラブは神々の怒りに触れることとなった。女神ミレイユは本来の王位継承者であるアリス王女に、魔神イラブに裁きを下すよう神託を下した。神罰者となったアリスは妖精族、小人族、竜人族と結託し、死闘の末イラブを倒し封印した。
そして、時の預言者は後世にこのような言葉を残した。
「数多の時を経て、封印弱まりて魔神復活する時、アリス王女の末裔現れ、神罰者となるだろう。」
大抵の人は寝ている間の夢の内容を、起きてからは明確に覚えてないことが多い。しかしそれが悪い夢だった場合には朧げに覚えていることが多くなると言う。自室のベッドで目覚めた彼女は、今見てた悪夢をまぎまぎと思い返していた。
闇の中から迫り来る得体の知れない存在とあたりに立ちこめる死臭と錆びついた血の臭い。逃げたくても足がすくんで逃げることができず、ただそこにあるものと対峙していた。そして何か,を目を凝らして確認しようとしたところで目が覚めた。
ああ、私はまた悪い夢を見たのかと彼女は、トモチは溜め息をつき、亜麻色の長い髪の毛をかき上げながらゆっくり起き上がる。壁に掲げてある鏡を覗き込むと、普段と変わらない色白の、青い瞳の端正な顔立ちの若い女がそこにいたが、顔色は悪かった。理由はこの不気味な夢を見るのが、最近続いているからだ。
窓の外を見るとまだ明け方であり、任務の時間まで猶予はあったがとても寝付く気にはならなかった。またあの夢を繰り返すような気がしたからである。
そしてこの悪夢が、トモチと仲間たちを波乱に満ちた運命へと導く予兆であることを、この時の彼女は知る術もなかった。
Wheel of Fortuneー古代都市と神罰者たちー第1章①
第1章 若き討伐隊員たちと聖職者
トモチたちは今、街を出て離れの森へと続く街道を馬に乗って駆けていた。
ここシュリンガー公国は、はるか昔から魔物たちと戦いを繰り返しており、20年前から国内各領地に討伐部隊を配置するようになった。
全ての志願者が討伐隊員になれるわけではない。大公陛下と部隊の総本山である大神殿にも認められる者であり、厳しい任務にも対応できる戦闘能力と体力、戦闘に必要な知識と判断力を持ち合わせなければならない。任命された討伐隊員は、大神殿に祀られている戦いの神の加護を受け、命を落としたとしても神殿で息を吹き返すことができる。これは公国が長きに渡り魔物たちと攻防を繰り返してきた歴史があること、討伐隊員が希少な戦力であることを、命をかけた任務を背負っていることを強く物語っている。
公国認定の部隊の一つである第7小隊は隊長のソルデイを筆頭に、ベテラン勢の隊員5人、そして同期のアツ、ゴン、キラ、アツの妹のロム、ロムと同期の後輩隊員3人で構成されている。
大剣を振るいどんなに強い魔物にも屈しない、厳しくも面倒見の良いソルデイ
若手のリーダー的存在で少し生意気なところはあるが、片手剣の腕は誰もが認めるアツ
気立が優しく手先が器用で力も強く、片手剣と弓を得意とするゴン
常に冷静的に物事を判断し、薬の調合や怪我人や病人の治療を担当するキラ
真っ直ぐな性格で正義感と使命感に溢れる、いつも一生懸命なロム
そしてトモチは、隊員の中でも一目置かれる魔導士であり、杖を持ち火水風土あらゆる属性の魔法を得意としていた。
この6人はこれから果たすベく任務のために馬を走らせ、やがて薄暗い森の手前で止まった。
ソルディ隊長が隊員たちに声をかける。
「今回の任務は、怪我人の保護と、遺体の身元確認と運搬だ。まだ魔物が潜んでいる可能性があるから、各自注意しろ。」
隊長があまりにも険しい顔をするのでその場にいる全員に緊張が走る。
「キラ、ゴン!怪我人の応急処置頼んだぞ」
「はい。必要なものは全て用意してあります」
「うむ。負傷の程度は分からぬから、場合によっては医務所に運ばねば。」
一行がそれぞれ準備をしていると
「おおーい!こっちだぞ!」
森の中から目撃者らしい中年男性が現れ,彼らに手招きをした。一行は男性の指差す方向を目指し、現場へ向かった。
ほどなくして、木の根本にうずくまって倒れている若い男が発見された。彼らは周りが安全であることを確認し、怪我人に近づく。右肩からひどく流血しているが、意識はあるようだ。キラが慣れた手付きで傷口を確認して止血処置を行っていく。
「ゴンちゃん、血を止めるの手伝ってもらっていい?」
「うん、任せて。」
ゴンは荷物のなかから包帯を取り出し、彼女と一緒に傷口を圧迫していく。怪我人がうめき声をあげながらなさがままにされているところを見ると、命に別状は無さそうであった。
キラとゴンが応急処置をしている間、隊員たちはもう一人の被害者を確認した。同じく若い男性であるが、こちらは腹部をやられていた。出血がかなりひどく、既にこと切れていた。隊員たちは死者へ神の祈りを捧げ、さらに周囲を確認した。
よく見ると、森の奥につながる獣道に、血が点々と続いている。この奥にさらに何があるのか?隊員たちは周囲を警戒しながら、進んでいく。
そして、目の前の光景に誰もが戦慄が走った。
Wheel of Fortuneー古代都市と神罰者たちー第1章②
そこには男の惨殺体があった。頭は鈍器で殴られたように陥没しており、手足はあらゆる方向に曲がっていた。そして、腹部を何か鋭いものでえぐられており、臓物を晒していた。
「ひいっ!!」
目撃者の男は腰を抜かして、その場にへたりこんだ。
「ロム!!」
真っ青な表情をして近くの藪にうずくまり嗚咽をあげている妹を、アツが追いかける。
同時にゴンが大声で叫んだ。
「みんな!!気を付けて!何か近付いてくるよ!」
ゴンの一声で隊員一斉に手持ちの武器を持ち、全員一ヶ所に固まった。
どん、どん
やがて地響きのような音が聞こえ、獣臭が辺りに立ち込めた。その音の主は2体らしくこちらにどんどん近付いてきた。
ざわざわ
辺りの木々をかき分けるように、それらは姿を表した。
「何!?こいつら!?こんなの見たことない!」
その2体の魔物たちは、今まで見たことがなかった。全身毛むくじゃらで、二本足で歩いており、成人男性よりひとまわり大きい。口から鋭い牙が覗いており、手足には鋭利な爪が映えており、例えるなら大猿の化け物であった。
「あいつらだ!!あいつらがこの人たちを襲ってるのを俺は見たんだ!」
と目撃者は叫んだ。
「ゴオオオオオオオオオオ」
突如現れた2体の魔物は彼らの姿を捉えると地面が揺れんとばかりの咆哮を上げ、次の瞬間猛突進してきた。が、その前にソルデイの怒号が響いた。
「ロム!!しっかりしろ!お前は怪我人たちを守れ!!」
「はい!」
弾かれたようにロムは立ち上がり、プロテクションを唱え防衛に努める。
「気を付けろよ!」
そう言いながらソルディは大剣を持ち、魔物に切り込んでいく。同時にアツも片手剣をふるい、もう一体に向かっていく。
が、魔物たちは彼らを叩き潰そうとすかさず巨大な拳をふりおろす。
「うわ!あぶねー」
すんでのところで横をすり抜けた2人が、さっきまでいた場所は拳で地面が陥没していた。
「許せない」
トモチは魔物たちへの憎悪が込み上げてくるのを感じた。そして魔杖を持ち風魔法―
フラッシュを唱えた。突如現れた風の刃は魔物たちの体を切りこむ。2体は咆哮はあげたが、致命傷を与えるには至らなかった。
接近戦は明らかに不可能であり、彼らは遠隔攻撃を仕掛けていく。ソルデイは大剣を地面に叩きつけ地響きをおこす。アツが剣で虚空を斬ると風の刃が2体を襲う。ゴンは弓矢を放ち、キラとトモチは魔法を使って応戦する。
だがどれだけ魔物たちにダメージを与えてもなかなか倒れない。戦闘が長引けば長引くほど隊員たちの疲弊を招き、不利な状況になりうる。
「こうなったら、奴らの体力をじわじわ奪っていくか。トモチ、何かいい魔法はあるか?」
「それなら、コイツらじわじわと火炙りにしていいですか?」
「ああ、好きにやってくれ。ゴン!油を借りるぞ」
ソルデイの意図を隊員たちは察した。
「火が燃え広がる前にここを離れないとですね。」
「ああ、そうだ。俺が奴らを引き付けておくから、お前らはこの人たちを連れてここから離れろ」
「それなら俺もやりますよ。隊長ばかりいい格好させませんよ。」
アツが悪戯っぽく申し出る。
「お前は、ほんと救いようがないな。まあ、万が一ここで死んでも、」
「神の加護で神殿で生き返りますし」
トモチ、アツ、ソルディを残し、一行はその場を離れ、森の外をめざしていく。アツとソルディは、それぞれ武器を持ち構えて魔物たちへ向かっていく。魔物たちは体勢を変えて2人を襲い掛かろうとする。次の瞬間アツとソルディから投げられた小瓶が彼らを直撃し、その拍子に瓶が割れ中身があふれでた。一瞬彼らは怯んだが、再び襲いかかろうとした。
その瞬間
「インシネレイション!」
の詠唱とともに、トモチの魔杖から火柱がほとばしり、2体の魔物に直撃する。同時に2体の魔物は一気に火だるまになり、苦悶の咆哮が辺りに響き渡る。小瓶の中身は油であった。
魔物たちはなおも襲いかかろうとするも、ほとばしる火の勢いに体力が奪われ、やがてもがき苦しみ始めた。
ふっと、一体が倒れると同時に、近くの木々に引火した。
「俺たちも逃げるぞ!」
ソルデイの一声で 3人はすぐさまその場を離れた。
ゴー、ゴー
火の勢いは増しており、森全体に火が燃え広がるのは時間の問題であった。
振り替えってさっきまでの場所を確認すると、燃え広がる木々と、火だるまになり、絶命し横たわった2体の魔物がそこにはいた。
「よし!火を消してくれ」
ソルデイからの指示を受け、トモチは大海の記憶を詠唱した。その瞬間、どこからともなく辺りに津波が押し寄せ、燃え広がった火を鎮火していった。
Wheel of Fortuneー古代都市と神罰者たちー第1章③
祭壇に奉られている女神像に祈りを捧げ終わると、茶髪の髪の少女は窓際に立ち、ゆっくり日が落ちていくのを眺めた。彼女の名前はミト。街の中核に建つ神殿の巫女であり、祖母である神官マーサのもとで修行をしている。急な任務のため昼間に神殿を抜けてからまだ帰らない、もう一人の家族の帰りを待っていた。
もう一人の家族、トモチは彼女たちとは血の繋がりがない。神殿の前で置き去りにされた赤ん坊をマーサが見つけ、トモチと名付けられ神殿で育てられてきた。幼い頃からミトと姉妹同然に一緒に過ごしており、遊ぶ時もマーサから説教をもらう時も、いつも一緒であった。
「もう少し落ち着いたらどうだ?」
声のする方を振り向くと、水汲みから戻ってきたマーサが部屋に入ってきたところだった。
「うん、そうね。トモ姉の帰りが遅いから心配になったのよ。」
「ああ。また何かあったのかね。」
「ここのところずっとこんな感じだよ。もしかして今日もまた、かと思うと。」
「あまり考えたくないことだが、遅かれ早かれいつか人は死ぬ。私たちにできることは、彼らのために祈りを捧げ、神のもとに送り出すことだ。」
「そうね、」
そう言いながらミトは立ち上がり部屋から出た。
閉門の時刻に近付いており、神殿の正門を閉め鍵をかけようとした時であった。
「御免」
男の声が聞こえた。閉じかけた正門を開けると、街の通達人がそこに立っていた。
「急なことで申し訳ないのだが、領地内で死者が出たので」
「また、ですか」
ミトの表情は暗くなる。使者との数分のやり取りの後、これからの準備のためにマーサを呼びに奥へ入って行った。
現地で負傷人を救助し、キラとゴンは応援に駆けつけてきたもう一人の隊員、クラースとともに、街へ向かった。負傷人は更なる治療が必要と判断し、街医者の魔術師の元へ護送され,そして死者たちは遺族の待つ神へ運ばれた。
一方、現地に残ったソルディたちは、消火作業を終わらせ、目撃者から更なる事情を聴取し、続いて既に息絶えた魔物を調べた。被害者たちの傷の状況と、この2体の化け物の牙や爪を見る限り、あの2人がこの2体に殺されたことに間違いは無さそうであった。ふいに街道より馬に乗った数人の男たちがこちらに向かっている。戦闘を走っていた50歳過ぎた男が従者たちと共に馬から降り、こちらに近づいてきた。
「テリー伯爵」
ソルデイがうやうやしく一礼し、トモチもそれに続く。ただ1人アツは、気まずそうな表情をしていた。
「ご苦労」
そう一言いい、テリーは既に事切れてる2体の巨体に視線を注いだ。
「これは、見たことない魔物だな」
「えぇ。異常なまでに殺しにかかってくるので、倒すのに時間がかかりました。それで火魔法で仕留めましたが、領地の森を駄目にしてしまいまして。」
「ああ、それは気にしなくていい。」
ソルデイはテリーにさらに詳細を説明する。
「薪集めのために森に入った3人の木こりがこの2体に襲われ、2名亡くなり、1名重症です。」
「そうか。最近領地内で惨殺体が発見されていたのも、此奴らが原因か?」
「まだ分かりませんが。一連の被害者たちの記録を確認すれば分かるかもしれません。」
「ふむ。まぁ、今日は疲れているだろうから、落ち着いたら街に戻りなさい。」
続いてテリーはアツの方に振り向き声をかけた。
「任務に熱心なのはいいが、たまには邸宅に戻れ。ロムはちゃんと帰ってきてるぞ。」
「今は忙しい時期なので、なかなか帰れません。落ち着いたら戻るようにします。」
慇懃に答えたアツに対し、ため息をつきながら
「必ず約束を守るように。」
と言い,テリーは従者たちを引き連れ馬に乗りその場を立ち去った。
一行が街に戻った頃には、すっかり日が落ち、街中の鐘楼が鳴り響いてた。神殿の方に戻ると、すでにキラとゴンとクラースは怪我人を無事に送り届けた後らしく先に到着していた。祭壇のある部屋へ入ると、 犠牲者2人が棺に入れられ、遺族らがすすり泣いていた。彼らはあまりにも酷い状態なので白い布が被せられていた。養母マーサは女神像に祈りを捧げている。ミトは立ちすくんでおり、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
隊長、隊員達も彼らへ祈りを捧げる。
遺族達にソルデイが哀悼の言葉を述べ、状況の説明を行う。ソルデイが説明するたびに妻と見られる女性が「どうして!どうしてうちの人が?」悲痛な声で泣き叫ぶ。
重苦しい雰囲気の中神殿内で哀悼の儀式が終わり、死者たちは家族たちの元へと帰っていった。
まだまだやらなければならないことがあったが、すでに夜も更けておりその日は解散となった。マーサの好意でトモチと仲間たちは神殿で夕食をとることになった。
食卓の大きなテーブルにはライ麦パンにシチュー、ワインが並べられていた。決して豪華な食事ではないが、トモチたちのお腹を満たすには十分であった。
「そういえば」キラが口を開いた。
「テリー伯爵をさっき見かけて、挨拶に行ったら最近のアツくんのことを聞かれたよ?」
アツの手が止まる。
「色々心配されてたみたいだからね。率先して頑張って任務をこなしてますよ、と答えておいたわよ。」
アツとロムはテリー伯爵の嫡男と嫡女である。本来後継者となるべき立場であるにもかかわらず、アツは本家に帰らず部隊の本部である建物の仮眠室に寝泊まりしてるか、親友ゴンの自宅に身を寄せている。その理由についてはトモチもキラもアツから何度も聞かされてきた。家柄や伯爵の子息としてではなく、バックボーン関係なく実力で大成したいと口癖のように言うのだ。トモチはアツの方を見ながら
「さっきあの森で会った時お父様がっかりしてたけど。それでも帰らないつもり?」
「俺はさ、俺自身であり続けたいんだよ。」アツは続ける。
「士官学校でいい成績取った時、剣術の大会で優勝した時も、周りからいつも言われてきたんだよ。さすが、テリー様のご子息ですね、て。」
そう言いながら彼はグラスに残ったワインを飲み干す。
「親父はもともと討伐部隊の本部にいて、優秀な隊員だった。伝説の勇者の家系に誇る剣士で公国の英雄とまで称えられ,マーロからエリアボスの討伐要請が来るくらいだ。
今の俺がどんなに実績を積んだところで、親父の名前が出てくるだろう。それは俺の本望じゃない。家柄なんかじゃなくて、俺は自分の実力で勇者になるんだ。」
「僕たちは少なくともあっちゃんのことそんな風に思ってない。」
ゴンも口を開く。
「入隊試験も上位で受かってるし、剣の腕も努力してきたんだもん。すべてあっちゃんの実力だってこと、誰もがわかってるよ。」
「まぁ、そういうの私は嫌いじゃないんだけどさ。ゴンちゃんに迷惑かかんないようにしなさいよー?」
「うーん。ちゃんと家賃払ってもらってるし、飲み代奢ってもらってるから迷惑じゃないけどね。」
色々言われつつも、伯爵の子息としてではなく友達として普通に扱い、自分のことを理解してくれる仲間たちのことを、アツは嬉しく思った。
「あとさ、ロムちゃんともう少し話をしてあげて。」
「ああ,そうだな。あいつちっとも食べに来ないもんな。」
「今ミトが側についてるわ。」
そう言いながらトモチは窓の先の庭の方に視線を送った。
Wheel of Fortuneー古代都市と神罰者たちー第1章④
「私さ、討伐隊員に向いてないのかな。」
神殿の庭先にロムは座り込み、隣にミトが座っている。2人は士官学校時代からの親友であり、別々の道に進んでからも交遊を続けている。
「あんな酷い状態で殺された人、とても見ていられなかったの。兄貴たちの後を追いかけて討伐隊に入ったけど。私こんなんでやって行けるのかな。」
ロムはいつになく力なく話し続け、ミトは黙って話を聞いた。
「私も同じだよ」
ミトは口を開いた。
「死んだ人たちのこと、まともに見ることできなかった。泣いてる家族に何も言葉をかけることができなくて、どうすればいいのかわからなかった。」
「・・・ミトちゃん。」
「神様に仕え、神の真意を汲み取ること。神の真意にしたがって人を導くことが、聖職者の役目だっておばあちゃんから言われてるけど。私もそんな聖職者になれるのかな?」
「あせることなんてないよ。あんたたちまだ若いんだし。」
身を寄せ合いながら話をする少女2人に、様子を見に来たマーサが声をかけてきた。
「私は討伐隊の大変さは経験したことないから何も言えないけど。ロム、あんたはこれからどんどん強くなっていくんだから大丈夫よ。」
マーサは更に続ける。
「ミト、私もあんたくらいの歳の時はできないことだらけで悩んでた。それでもこの歳までやってこれたんだ。あんたもきっと大丈夫だよ。まあ、まだまだ覚えなきゃいけないことはたくさんあるけどな。」
2人はマーサの話に耳を傾ける。人生経験豊かな年配者から励まされ、少女たちの表情は次第に明るくなってくる。
「そうだね。おばちゃん、ありがとう!」
「そんなことより早くシチュー食べちまいな。冷めてしまうだろ。」
2人は立ち上がりマーサに促され食堂に入った。
「あの化け物達を国都に運ぶと言うのですが。」
ひと仕事終わった後、第7小隊のベテラン勢のソルディ隊長とクラースはテリー伯爵の居館に呼ばれていた。
「うむ、」
テリーは2人を応接間に通し、3つのグラスにブランデーを注ぎながら続けた。
「あの化け物たちについていささか気になることがあってな。国の方で調査して貰えないかと思ってな」
「ふむ、確かに今まで我々はたくさんの魔物を討伐してきまし、他の領地で新たな魔物が発見された場合は情報が出回るはずです。しかし、あんな獰猛な手口で人を襲う魔物は見たこともないですし、未だ報告例もありません。」
2人の前にもグラスを置きブランデーをすすりながらテリーは続ける。
「貴殿たちは、この地の奥に誰も立ち寄らない広大な土地があることを知っているか?」
「あの、死の荒野のことですか?」
「ああ。草木すら生えてない、虫一匹寄り付かない。ただ荒れた土地がそこにあるだけ だ。」
釈然としない様子の2人を見ながら伯爵はこう切り出した。
「数年前かの周辺の土地の開拓計画を国が企てた時、あの土地について地質調査が行われたらしいが。そこからあるものが発見された。」
「あるもの?とは…」
「古代の魔物の遺体だ。」
「古代の魔物!?」
「ああ。正確にいえばミイラ化した化け物である。」
伯爵が言うには、今現存している魔物たちははるか昔の魔物が退化した形態であること、
伯爵自身が当時地質調査の責任者であり、魔物のミイラを発見した当事者であること。ミイラ化した魔物は国都にある本部隊にて今も保管されており、古代学者たちの見解によれば、約2000年前に生息していた魔物であると推測されていること。
そして今日新たに発見した化け物たちの身体的な特徴が古代の魔物と特徴が似ていると言うことだった。ソルデイはブランデーを口につけ、
「奴らは異常なまでの戦闘能力を持ち、人を殺すことも一切躊躇しない。我々でさえ苦戦する。あんな化け物が大昔から生息して、今まで誰にも目に触れられなかったのに、最近になって目撃されるようになったことはいささか腑に落ちないですな。」
と口を開いた。
「いずれにしてもあんな化け物がうろつくようになれば公国は大混乱になります。我々でさえ苦戦し、武器を持たない民衆はなす術もない。ここは我々だけではなく、本部隊にも介入してもらう必要があると思います。」クラースも口添えする。
「今回の魔物については早急に本部に報告書を提出します。奴らの死体も提示すれば、本部隊も何らかの形で動くかもしれません。」
「ああ、そうだな。」
そう呟いた伯爵の表情は少し翳りが見えていた。
2人は挨拶をして居館を後にした。残されたテリーはこう呟いた。
「もし、古文書に書いてあることが本当なら….公国だけでなく、世界規模で大惨事が起こるかも知れん。」
Wheel of Fortune〜古代都市と神罰者たち〜第2章①
第2章 新たな邂逅 ①
キーン!キーン!
街の郊外にある空き地にて、若者たちが手合わせをしていた。剣や短剣が交差するたびに辺りに金属音が響き渡る。
討伐部隊に所属し強い魔物と対峙する機会の多い隊員たちは常に鍛錬を積んでいく必要がある。任務の合間をぬい、野外を走ったり、腕立て伏せや腹筋など筋肉トレーニング、実戦を模した訓練を日々怠らない。
「違う、力だけで押しても相手に勝てない。相手が力を抜くタイミングを見極めないと。」
アツが後輩隊員からの剣を受け止めながら指導している。隊員たちはそれぞれ士官学校において剣術を学んできている。しかしそれは相手が人間であることを前提としており、実際には魔物を相手にする実戦においては通用しなくなる。捨て身で向かってくる魔物もいる一方、人間と同じく武器を持つ魔物もいる。魔物だけではなくフクログマやアルストラなどの危険な動物や、時として武器を持った盗賊や無法者などを相手にしなければならない。
別の後輩が入れ替わりでアツと対面し、さらに訓練は続いていく。
少し離れたところでは、ゴンは片手剣、トモチとキラが両手に短剣を持ち、後輩2人を挟む形で構えている。討伐隊員には少数ながら女性の隊員もいる。力では男に敵わない彼女たちは、短剣や片手剣での俊敏さを生かした戦い方を心得ており、トモチのように魔法を使うこともある。
「常に味方の死角を守らないと、目の前の敵にばっかり気を取られちゃダメよ。」
「それだと隙ができて、ロムちゃんが攻撃されるよ。」
後輩2人を、その1人はロムだが、先輩3人が取り囲んだ形で訓練をつんでいる。
1人は剣術の基礎はできており、一対一での実戦はまずまずと言ったところだが、複数の敵に囲まれた場合に於いてはまだ不慣れといったところだ。ロムと背中合わせに立ち、トモチからの追撃に気を取られてばっかりで、隙あらばゴンがロムに攻撃をする機会を与えてしまいそうである。
一方ロムは、常に周りの状況を把握する能力に長けており、キラと応戦しつつもゴンの動きも視覚に捉えておくことを忘れていない。
ロムは確実に強くなっているー成長していく後輩を心強く思う瞬間である。
「おお〜みんなやってるね」
声の主を見ると片手剣を構えた長身の先輩隊員スグが立っていた。スグは剣術に関して部隊の中でトップクラスである。
「随分みんな立派になったね。もう改めて僕から教えることはないなぁ。」
「片手剣に関してはスグ先輩にたくさん仕込まれましたからね〜。俺が1番ダントツで先輩に手合わせしてもらいましたから。」
アツは汗を拭いながら目を細め,スグの前に駆け寄る。
「僕はアツに越されたかもしれないなー?どう?久しぶりにやってみるかい?」
「おお〜!それは面白そうですね。先輩、俺が勝ったら今日の昼飯奢ってくださいよ?」
「おっと、それは受けて立とうじゃないか。」
アツとスグは練習用の剣を持ち、間合いを詰めていく。先輩後輩の決闘が始まろうとした時
「何時ぞやの時みたいに死人を出して、神殿からお説教と大量の始末書を書くようなことにはならないでくださいね?」
キラがニコニコしながら2人を見ている。
「それさえ守っていただければお好きにどーぞ。」
「キラちゃん!もしもの時は手当てして♫」
そう言うなり、2人は剣を持ちお互いに詰め寄り始めた。
後輩たちは剣術のプロ2人の手合わせに興奮しながら見入っており、トモチとキラは呆れたように顔を見合わせる。
「私マーサからの説教だけはごめんだわ。」
「私は始末書の方が嫌よ。」
以前この部隊では、スグとアツと数人の隊員たちはおふざけ半分で決闘を行った結果、ヒートアップしすぎて死傷者を出す事態になった。神官であるマーサの計らいで死傷者は神殿で息を吹き返したが、マーサの怒りは凄まじかった。
「民衆を守る立場のあんたたちが、命を粗末にするとは何事か!」
ソルデイも呼び出され隊員全員が小1時間の説教を喰らうことになり
「止めなかったあんたたちも悪い!」
トモチとキラも怒られることとなった。
これは国都の本部にも知られることとなり、第7部隊は大量の始末書を提出する羽目になったのだ。
アツとスグの手合わせはどんどん熱を帯び、両者なかなか譲らない。その状況さえも2人は楽しんでいるようであった。
キーーン!
ひときわ甲高い金属音が空に響き渡り、スグの持っていた剣が弧を描いて宙を舞い、地面に突き刺さる。一瞬の隙をついてアツの刃がスグの持つ剣を弾き飛ばしたのだ。
おおーー!周りがどよめき、アツはガッツポーズをする。
「まじか、やばいな。後輩に越されるなんて。」
スグは苦笑する。
「先輩約束ですよ?」
「はいはい、男に2言はないからね。」
「よっしゃ!おーい!みんなー!今日は全部スグ先輩の奢りだよ!」
「!!?」
「わーい!スグ先輩ありがとうございます!」
「じゃ,私今日高いワインでも頼もっかな♫」
「ちょっと!?君たち!?」